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ABOUT BRAZIL

ブラジル、アレコレ

ブラジルBasic Information

地理: 中南米最大の国

ブラジルは中南米最大の国です。面積は8.514.215,3km2と、南米大陸の約半分(47.3%)を占めています。また、世界ではロシア、カナダ、中国、米国に次いで5番目に広大な国土を持つ国です。多数の小島を除くと、ブラジルは一つの大きな陸地で構成されています。
赤道はブラジルの北部、マカパの近くを通っており、南回帰線はサン・パウロの南を通っています。
南米大陸の中でブラジルと国境を接していないのはエクアドルとチリだけです。ブラジルの東には大西洋が横たわり、海岸線は7,367kmにも及びます。

地形: アマゾン川とブラジル高原

ブラジルの国土は、流域を含めると400万km2にも及ぶアマゾン川と、その南に広がるブラジル高原に大別されます。ブラジル高原の大部分は標高 300〜500mの起伏があり、多くの低い山脈や渓谷が入りくんでいます。高原の東側には山脈が連なり、標高2,500m以上に達する山もあります。この山脈は国土の南から東北へと、ちょうど大西洋側と内陸部を分断する形で連なっています。最高峰はピコ・ダ・ネブリーナ山で、標高は3,014mです。

気候: 5つの気候帯

国土の90%は熱帯地域に属しますが、人口の60%以上が、高度や海風や、あるいは南極に影響される寒冷前線などの影響により温暖な地域に住んでいます。気候は熱帯性気候、亜熱帯性気候、半砂漠型乾燥気候、高地の亜熱帯性気候、温帯性気候の5つに分けられます。

サン・パウロやブラジリアのような高原都市は温暖で、平均気温は19℃です。リオ・デ・ジャネイロ、サルヴァドールのような海岸地帯は、絶え間ない貿易風の影響によって気温が高く、ポルト・アレーグレやクリチーバといったブラジル南部は欧米の気候と似ており、冬に気温が零下になることがあります。 アマゾンというと焼けつくような暑さが一般的なイメージですが、実際に気温が32℃以上になることはそう多くはありません。ブラジルで最も暑い地域は北東部で、5〜11月の乾期には気温はしばしば38℃を上回り、四季を通じての寒暖の差はアマゾン地域よりも大きくなっています。

季節

ブラジルの季節は日本や欧米とは反対です。

春 = 9月22日〜12月21日
夏 = 12月22日〜3月21日
秋 = 3月22日〜6月21日
冬 = 6月22日〜9月21日

人種

ブラジル人は基本的に、先住民であるインディオと、ポルトガル人を中心とするヨーロッパの白人、サハラ砂漠西方から来たアフリカの黒人の3人種から構成されています。

16世紀のブラジルには数百のインディオの種族が住んでおり、民族的には近いにもかかわらず、種族により異なった言語を話し、文化も違っていました。
16世紀半ば以降、バンツー語またはスーダン語を話す種族のアフリカ人がブラジルに連れてこられ、最初はサトウキビ農園で、後には金やダイヤの鉱山、更にはコーヒー園で、奴隷として働かされました。そして、ヨーロッパの白人とインディオの間で始まった混血は、すぐに黒人奴隷をも巻き込みました。

人種間の混血は、19世紀末にブラジルが世界のあらゆる国からの移民を受け入れ、ますます進んでいきました。1908年には日本からも781名の移民がやって来ました。今日、ブラジルの日系人社会は、日本以外では最も大きいものとなっています。

主要都市: 魅力にあふれた街の数々

<ブラジリア>
18世紀後半以降、ブラジル政府内では、行政の中心をリオ・デ・ジャネイロから内陸部へ移そうという機運が高まりました。これは、国の中枢である政府が海からの敵の襲撃にさらされる危険性が少ないこと、また、遷都により国内の人口密度がならされるという理由によるものでした。1960年4月21日、正式にブラジリアへの遷都が行われ、ブラジルの新首都としてスタートしました。

<サン・パウロ>
ブラジル高原の標高760mに位置し、しかも海岸から72kmの近距離にあるサン・パウロは、1554年イエスズ会によって、布教の拠点として開かれました。1850年頃からコーヒーの大農園がサン・パウロ州に相次いで作られ、サン・パウロ市も急速に発展・拡大していきました。今日では2万以上の様々な業種及び規模の工業プラントがサン・パウロ市及び周辺地域に集中しており、それらに従事する労働者の数は60万人にもなります。 また同市はブラジルの主要な金融センターとなっています。

<リオ・デ・ジャネイロ>
ブラジリアへの遷都に伴い、リオ・デ・ジャネイロは首都としての役目を終えました。しかし、このブラジルで2番目に大きい都市は文化の中心であり、ある意味では「心の首都」でもあるのです。 リオは一方を雄大な入り江と眩しい海岸線に、そしてもう一方を豊かな熱帯森林に覆われ険しい山並に挟まれた、高層ビルが建ち並ぶ都市です。経済的にはサービス業、特に金融の中心となっています。世界的に有名な海岸(イパネマやコパカバーナ)を擁する海岸線は、世界で最も美しいものの一つと言えましょう。そして、夏と春をブレンドしたようなすばらしい気候。リオは太陽と共に暮らす街です。

<サルヴァドール>
バイーア州の州都であるサルヴァドールは植民地時代の最初の主要港であり、2世紀にもわたり首都でした。同市は熱帯植物で覆われた丘と、広い海岸に挟まれています。現在でも、バロック様式の教会や豪邸、広場、手作りの煉瓦で舗装された道などが、歴史的遺産として保存されています。 サルヴァドールで育まれた文化は、国内のどこよりもアフリカの影響を大きく受けています。それは、今でもアフリカの名で呼ばれているスパイシーな料理などから、アフリカの神とカトリック教の祝日の両方を尊重したカンドンブレの儀式、また、カポエイラ学校まで様々です。

<ベロ・オリゾンテ>
建築家の設計図から飛び出したようなブラジルで最初のモダンな都市ベロ・オリゾンテは、特にミナス・ジェライス州の州都としての機能を重視して設計されました。同市は農業と鉱業に恵まれ、この地域の流通・加工の中心であり、急成長する工業基地の中枢でもあります。また文化の中心であり、3つの大学、歴史博物館、多数の図書館、スポーツ競技場などがあります。気候はさわやかで涼しいのが特色です。

<クリチーバ>
クリチーバは発展が目覚しいパラナー州の州都です。1800年代後半より、さわやかな気候と絵画のような景色は、多くのスラブ系、ドイツ系、及びイタリア系移民を引き寄せてきました。同市は、内陸部に農業と牧畜地域をかかえ、商業及び加工の中心として繁栄しています。

<レッシッフェ>
白砂の熱帯ビーチ沿いに港町として作られたのが、北東部ペルナンブッコ州の州都レシッフェです。多くの運河が流れ、たくさんの橋で結ばれていることから「ブラジルのヴェニス」と呼ばれています。地元の漁師はこの地方特有の「ジャンガーダ」と呼ばれる、美しい帆を張った丸太組みのいかだに乗り、海へ出ます。砂糖、綿、コーヒーなど内陸部の産品が、このレシッフェから輸出されています。

<ポルト・アレーグレ>
リオ・グランデ・ド・スール州の州都で、ブラジル南部で最大の都市ポルト・アレーグレは、1742年にアゾレス諸島からの移民によって創設されましたが、19世紀以降は多数のドイツ系やイタリア系移民が流入しました。5つの河川の合流点にあることから、ブラジルの産業や商業の中心の一つだけでなく、港湾都市としても重要な役割を担っています。

言語

ブラジルの公用語はポルトガル語であり、保護地区に住むインディオの種族が話す言語を除いては、日常生活でも唯一ポルトガル語が使われています。中南米でポルトガル語が話されるのは、ブラジルだけです。

宗教

憲法により、信教の自由が保障されています。1889年の共和国宣言と共にブラジルには国教がなくなりましたが、1980年時点で、国民の90%近くがカトリック教徒でした。最近ではプロテスタントの数も増えており、独立したペンテコステ派の教会もかなりあります。更に、19世紀のフランス人心霊研究者アラン・ カーデックの教義を信じるカーデシストや心霊主義者も150万人以上いると言われています。その他、モルモン教徒、少数のユダヤ教徒やイスラム教徒、仏教徒などがおり、相当数のカンドンブレ信者もいます。カンドンブレは、ナイジェリアやベナンのヨルバ族の奴隷によりもたらされた宗教です。今日、多くの人がカトリックとカンドンブレを同時に信仰しています。

スポーツ: 情熱の国のパワフル・スポーツ体験

ブラジルのスポーツと言えばサッカー。これほど人々の心をとりこにし、熱狂させるスポーツは他に見当たりません。サッカーの神様と呼ばれたペレはじめ、元日本代表チーム監督のジーコ、最近ではロナウド、ロナウジーニョなどが世界のトップレベルで活躍しています。
ブラジルでは、サッカーはスポーツというより一つの文化といえ、サッカーがブラジル人の日常生活に与える影響を議論する社会学者がいるほどです。

カーレースのF1では、3度世界チャンピオンになったアイルトン・セナ(1994年死去)をはじめ、有名ドライバーを多数出しました。
楽器演奏に合わせて独特な動きを見せる儀式的なスポーツ、カポエイラは、純粋にブラジル起源とされています。

バレーボールやビーチバレーは、男女とも世界のトップレベルにあり、オリンピックや世界選手権で優勝もしています。
その他、バスケットボール、柔道、空手、ボクシング、サーフィンなどが盛んに行われています。また最近ではトレッキング、パラグライダーなどの人気も高まってきました。

カーニバル: 人々の爆発的なエネルギー

サンバの強烈なリズムに激しい踊り。ブラジルのカーニバルは世界中で有名です。特にリオデジャネイロのカーニバルは豪華で、多数のサンバスクールが、歴史や伝説、物語などをもとに華やかな演出・衣装・踊りを競い、雰囲気を最高潮に盛り上げます。

カーニバルの起源は、旧ギリシャ・ローマ時代の春を祝う儀式です。17世紀、ポルトガル人によって伝えられ、19世紀にイタリアやフランスなど他のヨーロッパ諸国の影響を受けて、仮面や仮装、ピエロ、愉快で陽気な人物などが加わって、次第に現在の姿になってきました。

リオに限らず、各地で伝統的なカーニバルが繰り広げられます。レシッフェやオリンダでは、サンバよりテンポの速い音楽に乗り、巨大な人形が観衆の中で跳躍します。サルヴァドールのカーニバルはバイーア音楽として知られるアシェ・ミュージックを普及させ、純粋な黒人のリズムの流れをくむ歌でも知られています。

料理: 多様な味わいを持つブラジル

大陸並みの雄大な土地を有するブラジルには、その雄大さに匹敵する大陸並みの料理があります。一つの料理の中に先住民のインディオ、入植したポルトガル人、そして農業労働力として連れて来られたアフリカ人からもたらされた影響が表われています。特に19世紀から20世紀にかけて日本人とイタリア人の移民達がもたらしたものは独特であり、ブラジルの食卓を更に豊かにしました。

ブラジルの料理を調査するには、この広い国を隅々まで駆け巡る必要があり、各地域の特徴を把握しなければなりません。一般的に「フェイジョアーダ」(黒豆、 豚肉、ソーセージ類、干し牛肉などを煮込んだ料理で、ご飯に添え、オレンジ、炒めたケ‐ルの葉、キャッサバイモの粉で作るファロッファと共に食べる)がブラジルの代表料理として紹介されています。

アマゾン河流域の料理は先住民の影響を強く受けています。そこには独特な味を持つ「ツクピー」(キャッサバイモの根の絞り汁)そして「ジャンブー」(麻酔効果のあるクレソンの一種)があります。クプアスー、アサイー、ガラナなどの果実も豊富です。

北東部は沿岸部と内陸部の各料理に代表されます。バイア州の料理は、ポルトガル人により奴隷として連れて来られたアフリカ人の影響を強く受けています。バイア州に限らず、北東部に位置する九つの州の内陸は乾燥しており、「カルネ・セッカ」または「カルネ・デ・ソール」等の干し肉類、更にキャサッバイモの粉または煮たキャッサバイモが料理の中心となります。

南東部に位置するリオ・デ・ジャネイロはフェイジョアーダの本場ですが、ポルトガル人により伝えられた鱈料理の「バカリョアーダ」の地元でもあります。サンパウロ州並びにミナス・ジェライス州では豚肉及び「トウシンニョ」(皮付きの豚の脂身)等を使用した料理を好み、それをケールの葉、フェイジョン豆と大量のキャッサバイモの粉と共に食べていました。

* このページのコンテンツはブラジル大使館ホームページ(http://www.brasemb.or.jp/index.html)より抜粋、文意を変えない範囲で編集したものです。